小山維子/Thomas Gillant/ホリグチシンゴ 三人展 ”爽籟”インタビュー 前編: Thomas Gillant (聞き手:ホリグチシンゴ)

 

数寄和では10月14日より小山維子、Thomas Gillant(トマジラン)、ホリグチシンゴによる三人展”爽籟”を開催します。展覧会の開催に先立って、展示の企画者かつ出品作家でもあるホリグチが小山維子さん、Thomas Gillantさんのアトリエにそれぞれ伺ってインタビューをしてきました。前編は千葉県某所の自宅兼アトリエにて敢行されたThomas Gillantさんのインタビューです。

 

Open field (III) – Thomas Gillant – Oil on fabric 58x46cm,2023

 

ーートマさんのアトリエに初めてお邪魔してるんですけど、ハリウッド映画に出てくる秘密基地みたいでかっこいいですね。昨日伺った小山さんのアトリエとは全然違う楽しさがあります。

Thomas ホリグチさんのアトリエはどっちに似ていますか?

ーー自分のアトリエはどっちでもないですね。一軒家を二人で借りています。派手に汚せないから、スプレーガンとかは使えないんですけど、自然光が沢山入るのは気に入っています。トマさんは普段このアトリエでどれぐらいのサイズの作品を制作しているんですか?

Thomas 10号から20号くらいが多いですね。一番大きくても40号ぐらい。でも元から身体全体を使って描くような大きい作品より、腕のストロークで描き切れるぐらいの大きさの作品が好きだから、そこはそこまで不満じゃないですね。

ーー壁の養生にスプレーガンの飛沫が積み重なって洞窟みたいなテクスチャが出来ています。この壁の養生の板とかは何年使ってるんですか?

Thomas これ面白いでしょ!この養生は多分5年ぐらい使ってると思います。

ーーこのアトリエで制作を始めて何年目ですか?

Thomas フランスから日本に来てすぐだから、もう10年ぐらい経ちますね。

ーー日本に10年いたら色々な展覧会を見てきたと思いますが、その間に日本の美術から影響は受けましたか?

Thomas 日本の現代美術は活気があると思います。東京には沢山のギャラリーとネットワークがあるし。日本の若いアーティストはハイカルチャーとサブカルチャーのどっちからも影響を受けていて、必ずしも一貫したフィールドで作品を作り続けたり、特定の伝統を守っている訳ではないことに気がついたんです。フランスではまずありえません。そしてそれが斬新な結果に繋がっていると感じることも多いので、私も伝統の重みをあまり気にしなくなったかもしれません。

 

スタジオ風景

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ーートマさんの作品は日本の画家の作品ではあまり見かけない画面のテクスチャだなと感じるんですが、どういう素材を使って描かれているか教えてもらってもよろしいですか?

Thomas 支持体は下地が塗装された布を使う時とアルミニウムでコーティングされた紙を使う場合があります。使っている色材は油絵具で、道具はローラーや刷毛、スプレーガンなど色々使っています。

ーーアトリエの壁一面にハガキぐらいのドローイングが沢山貼ってありますね。こういうのは本番の制作の前に描かれたものなんですか?

Thomas そうですね。自分は毎日の生活と制作のリズムが決まっています。朝8時ぐらいに起きたらまず午前中はハガキサイズのドローイングをしながら制作のイメージを膨らませて、午後はそれを元に実際に絵具を使った制作をしています。

ーー午前中にドローイングを何枚くらい描いているんですか?

Thomas 10枚くらいですね。

ーーそこから1枚選んで、午後に描く?

Thomas ドローイングをそのまま描くときもあれば、何枚かから要素を組み合わせて描くこともありますね。あとドローイングを写真で撮って、パソコンで色を変えたりしながらバリエーションを検討することもあります。

ーー午前中にドローイングして、午後はペインティングしてっていう、そういう生活を何年くらい続けているんですか。

Thomas 日本に来てからずっとですね。ホリグチさんはそういう自分で決めた生活リズムがありますか?

ーーはっきりした日々のリズムみたいなものは決めていないのですが、アトリエに行くことを自分の中では出勤するって言ってます。仕事として制作しているっていう意識を持つことが大事かなと思っていて。

Thomas 私も同じ考え方です。アスリートだって朝起きたら、午前中はトレーニングして午後は練習してってそれがプロの生活だと思うんです。アーティストだってそういうリズムをちゃんと持たないと長い目で見た時に自分のパフォーマンスは保てないと思っているんです。

 

壁に貼られたドローイング

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Thomas ホリグチさんは好きな色ってありますか。作品を見ていると青をよく使っている印象があります。

ーー特に好きという訳じゃないけど、青を中心に絵を組み立てることが多いかもしれません。トマさんの好きな色は?

Thomas 私は暗い緑が好きです。ビリジャン、フーカスグリーン、モスグリーンとか、、

ーートマさんの作品を見ていると黒の使い方が特徴的だなと。筆跡の影は黒をエアブラシで吹き付けて作っているんですか?

Thomas そうです。ウィンザー&ニュートンっていうメーカーの油絵具が好きでよく使っています。

ーーブラシストロークに陰影をつけることで画面の中で筆跡が照らされているように見えますね。

Thomas それはそういう効果を狙って筆跡を強調しています。制作する時に意識しているのは、筆跡にどうやって立体的な実在感を与えてあげるかということです。風景画の中の木は、光の向きや色の関係性の中で実在感を持って描かれていますよね。同じように自分の絵でも、筆跡そのものが画面の中の環境に実在しているかのように表現したいんです。

ーー抽象画を描く時に、具象画みたいに光と影の関係をハッキリと描くのは日本人の作家にはあまり見られない感覚な気がします。日本の絵画とヨーロッパの絵画を比較して、光に対する感覚の違いって感じますか?

Thomas 歴史的に見て、日本の絵画は二次元性や空間的な奥行きがないことを受け入れる傾向にあるように思います。陰影を描写したり、遠近法を使うのは日本でも一般的だったと思いますが、そうだとしてもヨーロッパの絵画のように立体感や奥行きを作り出すことにそこまで関心がなかったのではないでしょうか。こういう傾向が現代の作家を見ていても微妙に持続しているのではないかと感じます。

 

Berlingot(Ⅴ)-Thomas Gillant – Oil on fabric 40.2×53cm, 2023

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ーートマさんが制作について考える時は、外に出てインスピレーションを受けるタイプですか?それともアトリエで一人で黙々と思考しながら制作するタイプ?

Thomas 自分は完全にアトリエ派です。制作について考えるのはいつも一人の時です。特に朝、ドローイングしている時間。その時間が自分にとって一番大事です。自分が昔から大好きな日本の画家で、長谷川繁さんっていう人がいて、どうして好きなのか自分でも分からないんですけど。こないだ彼が個展していた時にドローイングも展示されていて。それでギャラリーの人に話を聞いたら、彼も同じ生活リズムで、朝ドローイングして、午後はペインティングしてるらしいんです。びっくりしました!

ーー朝ってアイディアを練るには良い時間なのかもしれないですね。そういう作家ってトマさんや長谷川繁さん以外で、自分の知り合いにもいますよ。

Thomas スポーツ選手と一緒で朝にエクササイズするのと同じなんじゃないですか。

ーートマさんはスポーツやってたんですか?

Thomas 特にやってないですよ。子供の頃は柔道を習ってましたけどね。フランスは柔道がめちゃくちゃ盛んなんです。

ーーでもそういう話の流れでトマさんの作品見てると、なんだろう、スポーティーっていうか、描き始めたら一気に最後まで描き切るような、短距離競争みたいな勢いを感じます。昨日話を聞いてた小山さんとはかなり対照的だなと思いました。

 

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ーートマさんの絵を見ていて気がついたんですが、スプレーガン使って陰影をつけることで画面のテクスチャを強調してますよね。画面の物質感、、mateliality?を見せようとしているのかなと感じるんですが、その辺はどういう風に意識していますか。

Thomas 画面の物質性を見せたいんです。

ーー作家によってはめちゃくちゃ絵の具を厚塗りして、絵の具そのものの質量で物質性を強調する作家も沢山いますよね。彼らのアプローチと、トマさんのアプローチは微妙に違うような気がします。

Thomas 画面の物質性は見せたいけど、同時に画面は平らであって欲しい。ちゃんと絵画、、な感じ、、

ーーそれは彫刻みたいな絵にはしたくないってニュアンスでしょうか?

Thomas そう!イリュージョンと物質性を同時に見せたいんです。なんだろう、、こう、、絵画、、!な感じ

ーー絵の中に立体的な奥行きが描かれているってことはトマさんの絵画にとって大事なことなんですよね?

Thomas そうですね。

ーーだけど、その過程で生じた絵の具の物質性は見せたいと。もしかしてトマさんは印象派って好きですか?

Thomas 印象派ってImpressionismのことですよね。Impressionism、、、は好きです。Abstract expressionism(抽象表現主義)の話はみんなすごくするけど、Abstract impressionismの話ってあんまりみんなしないですよね。自分の作品はAbstract impressionismに一番近いと思ってます。

ーー日本語に訳すと抽象印象主義でしょうか。

Thomas そう!それ!マーク・ロスコの絵って自分はAbstract impressionismに近いと思ってるんです。ロスコの絵ってみんなAbstract expressionismとかColor fieldって言ってるけど、自分はそのカテゴリーではないのではないかと思っています!

ーーそれってロスコの作品には空間性を感じるってことなんでしょうか。自分も多分トマさんと同じようなことを考えたことがあって。印象派の絵って三次元の奥行きが描かれているけど、それと同時に油絵具の筆跡が強調されてるから物質性も強いですよね。印象派の絵ってなんかその二つが引き裂かれてるっていうか、仮想的な空間を見せてる絵が物質であることを同時に自白してるような感じがして。トマさんが考えてることってもしかしてそれに近いのかなと思いました。

Thomas ジュールズ・オリツキーって画家がいますよね。彼の仕事はすごいと思います。

ーースプレーガン使ってる作品はトマさんの作品に近いものがありますよね。オリツキーのスプレーガン使ってる作品はちょっと前に川村記念美術館で見れましたね。

Thomas 今の話をしながら自分の制作について考えてみると、ブラシとスプレーガンの組み合わせは自分の制作にマッチしているんだと改めて思いました。ブラシは画面の中での腕の動きを強調できて、スプレーガンを使って絵具の物質性を強調する。この二つを使うことで自分は制作のバランスを取っているのだとおもいました。

 

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後日、爽籟で展示予定の映像作品についても伺いました。

ーー数寄和での展示では、絵画作品と一緒に動画作品も展示する予定です。トマさんの絵画作品と動画作品の関係性を説明してもらえますか?

Thomas デジタルとアナログの両方を使って互いを模倣させることでそこにシナジー効果が生まれると考えています。ビデオは”time based media”(=鑑賞が時間的に展開するメディア)で、さらにデジタルなので直接的な編集が可能です。一方絵画は伝統的なメディアなため、アナログ故の性質を未だに残しています。今日の社会の中の視覚言語は、静止画とアニメーションが融合したものが非常に一般化しています。それと同じようにデジタルとアナログを掛け合わせてビジュアルを作るというアイディアに自分は非常に興味を持っているのです。絵画に新しいアイディアを”食べさせる”ためには、時として”time based media”を使ってみる必要があると考えます。自分は動画作品を作るときに、時間が移ろう中で色とカタチがどのように現れ、変化し、消えていくのかという法則を考える必要があります。動画の中でカタチが徐々に現れ、そしてゆっくりと消えていく法則をいくつか作りましたが、それらは私の視覚言語を拡張する手助けになっているんです。

 

Nebula(Ⅳ),black -Thomas Gillant – Oil on metallic paper mounted on  canvas, 2022

(テキスト、編集:ホリグチシンゴ)