2/15//2008  スタッフだより

熱帯の花の愛で方思案

■ またまたボルネオ島キナバル山より,お便りを送ります.
世界最大の花 ラフレシア
>> 世界最大の花 ラフレシア (132.63KB)

私の研究対象は熱帯樹木の根っこです.昨年6月に数寄和大津で開かれた,画家の先生方や学芸員の方などが参加してくださったパーティーで,私の研究内容について皆様に少しお話する機会がありました.「ネッコロジー」などという怪しげな造語を口にしていたことで,記憶していただいているかもしれません.

 
季節性のない熱帯で,種をまたいでまで同調して開花するフタバガキ科の花
>> 季節性のない熱帯で,種をまたいでまで同調して開花するフタバガキ科の花 (62.77KB)

木の多い茂る森に入り,地面にうずくまってひっそりと木の根っこを掘り出す毎日です.「トロピカル」という言葉から,派手な花や色とりどりの羽を持つ鳥を思い浮かべる方がほとんどだと思いますが,私が毎日目にするものは,茶色や黒の腐植や地味な色の根,地面から出てくる森林に住むゴキブリや何かの幼虫など,どれも「トロピカル」という言葉の印象からはほど遠いものばかりです.

 
熱帯山地林に多く生育するフトモモ科アデク属の花
>> 熱帯山地林に多く生育するフトモモ科アデク属の花 (138.04KB)

地味な色や形のものでも,毎日見て手にとって肌で感じると,微妙な差異がわかるようになり,初めは全部同じようなものに見えていた根っこでも,だんだんどれがどの種類のものなのかということを想像するようになってきます.そうなってくると当人はなかなか面白いと思うようになってくるのですが,だからといって,そんなものの写真を日本に送っても,あまり人気が出ないでしょう.「汚い」と言われて,ボツにされるかもしれません.

 
樹木だけでなく,林床に目を移すと草本にも花がついていました
>> 樹木だけでなく,林床に目を移すと草本にも花がついていました (185.52KB)

今回は,日本画の題材にもよく使われる「花」について少しお話させてください.
生物学的な花の役割は,植物の生殖器官です.おしべでできた花粉が,めしべの柱頭につく受粉が起こって,受精,そして種ができます.植物によって花粉の運ばれ方が違うので,非常に興味深い問題として研究されています.
日本では,スギやヒノキ,ブナなどのように風によって運ばれる「風媒」という運ばれ方をする樹木が多いです.もうそろそろ花粉症の季節ですが,この時期の花粉症の原因はスギやヒノキの花粉です.しかし熱帯では,風媒によって花粉を飛散させる樹木が全くないか非常に少ないです.なので,熱帯で研究をする人の中には3月,4月頃に熱帯で調査ができることをとても喜んでいる人がいるかもしれません.(私はその一人です)
では,熱帯では何によって,花粉が運ばれるのでしょうか?それは,昆虫や鳥,コウモリなどの動物です.花に蜜を求めてやってきたときに,体に花粉をつけて直接運ぶのです.
熱帯の花は,虫や鳥,動物にやってきてもらって花粉を運んでもらうために,それぞれの虫や鳥,動物に合わせて,目立つ色や形,多くの蜜を出すなどの性質を進化させてきたと考えられています.「トロピカル」という言葉から連想される,派手で大きな花の色や形は,花粉の運ばれ方を考えることである程度説明できるのです.

 
雨の多い熱帯で雫を滴らせながらなる実
>> 雨の多い熱帯で雫を滴らせながらなる実 (158.86KB)

いざ森林に入ると,イメージとは裏腹に派手な花にはなかなか出くわしません.熱帯林の木の樹高が60mも70mもあり,そもそも見えないということもありますが,意外に地味な花も多いのです.
私は熱帯の派手な花を見て幸せな気分になることはあまりありません.どちらかというと,奇妙なものを見るかのような目で見てしまいます.形が仰々しかったり,色が鮮やかすぎたり,綺麗というよりむしろ禍々しいという印象を持つことさえあるほどです.日本の花に比べて,見た目が元気すぎるということが,愛でる気が起こらない大きな原因なのだと思います.
やはり私もいわゆる日本人の例にもれず,花に関しては,儚いこと,奥ゆかしいこと,けなげなことに美しさ,愛しさを感じます.目を凝らして探してみると,熱帯にもそのような花はたくさんあります.写真のフトモモ科アデク属の花や,小さな小さなランの花などは,繊細そうでとてもかわいい.

 
調査地に非常に多くの種類が生えるラン
>> 調査地に非常に多くの種類が生えるラン (125.37KB)

考え直してみると,派手な花に儚さを感じられないのは,私の熱帯での経験不足が原因かもしれません.日本画の中に描かれている花は,散りかけのものだけではなく,満開の,まさに最盛期の花を描いたものもたくさんあります.しかし,なぜかそこにもふと儚さを感じてしまうのは,その一瞬輝いた花の寿命の短さを知っているからであり,最盛期の後の枯れゆく様子が想像されるからで,逆説的ではあるのですが,「最盛期の花を見たからこその儚さ」を感じるのでしょう.
熱帯にちょっと訪れるだけの私は,派手な花が咲き始めてから散りゆくまでを知っているわけではありません.長く付き合ってみると,心の琴線に触れるようなドラマに出会えるのかもしれません.

 
ランの一種.とても小さい花で,大きさは2mmほど
>> ランの一種.とても小さい花で,大きさは2mmほど (66.4KB)









結論を急ぐ自分に反省して,日本の森にしても熱帯の森にしても,根気を持って自然と対峙したいと思う今日この頃です.まさに「根」の研究をするのですから,なおさらです。